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2011'04.10 (Sun)

机上から、現場へ

息が白い。 毎週月曜日の早朝、
愛知県の安城(あんじょう)市役所近くの公園に
副市長の山田朝夫さん(46)がいる。
作業服姿で30人ほどの職員とレジ袋を手に道端のごみを拾う。
「袋は洗えば次も使えますよ」
職員に声をかけ、自ら水道水で洗った。

東京大法学部から旧自治省(現総務省)に入省した。
22年の官僚生活のうち地方勤務は17年。
一昨年春、5カ所目の赴任地、安城に来た。
「流しの公務員」を自任する。

入省5年目の90年、小選挙区制度の法案作りに追われた。
休みなしで午前3時過ぎに帰宅する日が続いた。
なのに世の中の役に立っている実感がない。

東大でも何をしていいか分からなかった。
入省直後に鹿児島県に赴任し、初めて地方で暮らした。
同じ食堂に3回通っただけで顔を覚えられた。
人とのつながりが乾いた心にしみた。
霞が関から逃れたかったせいかもしれない。

東京・青山の都営団地で生まれ育った。
父は小さな化学メーカーの営業マン。
夜間大学で苦学したことや、仕事の苦労は口にしない。
平日に息子の野球の試合を応援しに来るが、勉強や進路には口を出さなかった。

大学4年の時、父は55歳で急逝した。
生前、こう話していたと母に聞かされた。
「朝夫は公務員には向かないな」


大分県に出向していた95年、平松守彦知事(当時)に
「久住(くじゅう)町に赴任したい」と直訴した。
町の農業プロジェクトにかかわりたかった。
知事に「田舎は甘くない」と諭された。
本省は頭を冷やせと翌年、自治大学校に異動させる。
辞職も覚悟して再び希望し翌春、
妻子3人を連れて人口5000人の町の課長になる。35歳だった。

「成果を出さなければ」と気負った。
有機農法を広めようと、公民館で説明会を開いた。
しかし人が集まらない。
農協幹部が「無農薬のトマトは病気になりやすい」と抗議文を送ってきた。
家を訪ねた幹部の目は「素人が勝手なこと言うな」と語っているようだった。

机上の構想を押しつけていたことに気付いた。
知らないうちに霞が関と同じことをやっていた。
まず自分でトマトを作り、実らせた。
http://www.kt.rim.or.jp/~setu/akashingo-info.shtml


東京都内の料理店で旧自治省の同期4人が集まったことがある。
全員が40代前半で本省の課長補佐クラス。
「本省のポストがなくなるぞ」と心配された。
「もう霞が関じゃ使いものにならないよ」。 自然に応えられた。

昨秋、総務省秘書課からメールが届いた。
「職員に体験談を話してほしい」。
省は4月、小規模な市町村に職員を出向させる人事を始める。
現場をもっと知ってもらうためだ。組織が少し変わろうとしている。


ふるさとの風景は、父とキャッチボールをした神宮外苑のイチョウ並木だ。
育った団地はもうない。 霞が関に戻ることもないだろう。
父なら、今の生き方をどう思うだろうか。

「朝夫はやっぱり公務員には向いていなかったな」
母にだけはそう話すかもしれない。
http://www.kt.rim.or.jp/~setu/akashingo-info.shtml

引用元:ふるさとはどこですか:/7
17年、5地方勤務…「流しの公務員」 - 毎日jp(毎日新聞)

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