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2011'06.21 (Tue)

離婚寸前の方へ緊急のお知らせ

離婚寸前の完全に冷え切った状況から大逆転して、

新婚当時のラブラブ夫婦になる方法を知りたい方は他にいませんか?



離婚寸前でも、セックスレスや浮気をされても、

今、別居中だとしても、新婚当時のラブラブ夫婦に戻れる。



どうも、そんな方法があるらしいのです・・・



その方法で多くの夫婦関係の悩みを解決してきた人がいるそうです。



その人が言うには、

■  夫婦の生活で我慢や忍耐をする事

■  相手の性格や態度を変える

というのは、夫婦がラブラブになる為には関係無いそうです。



なぜなら・・・


http://www.invside.com/
↑この彼女は芸能人までもが夫婦関係について聞きに来るんですね。



彼女が言う離婚寸前からの大逆転法さえ知ってしまえば、どのような方でも、

「夫婦関係を自分の思った通りに作り上げる事は可能」だと言うのです。



何だかうそ臭いですね~~~。



しかし実は・・・


実際に彼女の言う夫婦関係改善法で、

夫婦関係に悩み続けた人達が、誰もが羨むラブラブ夫婦へ

大逆転されているんです。




■ 体験談1 小村冬実さん


この度はありがとうございます。

私は夫から離婚届を突きつけられていたんです。

夫婦で顔を合わせれば、怒鳴りあうほど喧嘩をする毎日。


夜の方だって2年もご無沙汰で、ちょっと触れるだけでも


「子供をもう持つ気は無い!」


と露骨に嫌がられた事もあります。


たまに関係があっても、ただの性処理扱いで、満足できません。


離婚に応じようかと悩んでいたところ、

夫婦関係でラブラブに復活する方法を教えて頂きました。


その晩すぐに出来る方法を実践したら、

主人は、ちょっとはにかんだ笑顔で、ただいまって言ったんです。


家の雰囲気が変わったようになり、

夕ご飯の時間には、主人が趣味の釣りの話を楽しそうに話していました。


久々に一緒にお風呂に入って、主人の背中を流していたら、なんと、

「もうちょっと二人で頑張ってみようか」

って言われたんです。


嬉しいはずなのに、涙がボロボロ出てきて、わんわん泣いてしまいました。

主人は一生懸命慰めてくれて、その後、優しく抱いてくれました。


それから、喧嘩と言う喧嘩もなくなって、

買い物は手を繋いで一緒に行っています。


あんな離婚寸前の状況から、ラブラブの毎日に変わるなんて、

思ってもいませんでした。


本当に感謝の気持ちで一杯です。


>> http://www.invside.com/





■ 体験談2 浅川浩介さん


こんにちは!


私は妻と2年半以上の間、別居をしていました。


私が仕事や付き合いの関係で、深夜や朝に帰る事も多く、

その事と育児ストレスの重なった妻はヒステリックになり、

ついには娘を連れて、家を出て行ってしまいました。


どうせ長続きはしないから、すぐに同居出来るだろうと思っていましたが、

別居開始から1年経ったら、状況が良くなるどころか、

娘に会うことさえも強く制限されるようになってしまいました。



どうしたらいいのだろう・・・

娘に会いたい・・・



心底悩んでいた時にこの夫婦関係の方法を知りました。


驚きましたよ・・・ こんなコツがあったんですね。


私の話が上手いわけではないのに、メールの返信が徐々に返って来るようになり、

数日後、近所のファミリーレストランで話し合った時、妻に言われたんです。


「浩チャン(私)と、また一緒に暮らしても良いかな?」


もちろん、OKしましたよ!

今の私なら、毎日でも妻と笑っていられるでしょう。

夫婦関係のコツを知ってから、本当に人生が変わりました。



朝、朝食が並ぶ食卓と、娘の寝起きの顔を見て、

あまりの感動に、こめかみ辺りがジンと熱くなりました。


もしこの方法を知らなかったら、一体どうなっていたのでしょうか。


考えるだけでも恐ろしいですね・・・


>> http://www.invside.com/




■ 体験談3 前田郁子さん


はじめまして♪ 前田と申します。


私は主人に過去何度も浮気をされていました。


夫の浮気の証拠を見つけ出しては、

何度も何度も話し合って、別れさせるの繰り返し。

私とはセックスレスで、浮気相手とは精力増進ドリンクまで飲んで頑張るんです。


夫の帰りが少しでも遅いと、今頃浮気相手と一緒に居るのかと考えてしまい、

完全に夫の事を疑いの目でしか見れなくなっていました。



浮気は本当に許せない!

けど、どうしたらいいんだろう・・・



意を決してこの方法をそのまま実践してみたのです。


正直はじめはこんな方法で変わるのかと、不安で不安で・・・



そうして、2週間ほど続けていたら、

夫が「肩こってないか?」「週末は映画に行こう」って

私の事ばかりを気にかけるようになって・・・


夫は私に夢中になってしまいました。


それだけではなく、恥ずかしながら毎晩のように夫が求めてきて大変です。


今では、女性としての自信も取り戻せました。


また相談に乗ってくださいね。


>> http://www.invside.com/






P.S


離婚寸前だった私も、この方法で、近所で有名なラブラブ夫婦になり、

毎晩の夫婦生活もバッチリです。


しかも、そろそろ2人目も、って話が出ているところです。


熟年離婚なんて言葉も、私達夫婦には関係の無い話のようですね。


あなたがもし、夫婦関係で悩んでいるなら、

新婚当時のようなラブラブ夫婦に変わりませんか?


http://www.invside.com/


100名で値上げだそうなので、急いだ方がよさそうです。
Edit  |  17:20  |  くろみゆ雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2011'06.21 (Tue)

酔っ払った軍人の民家への戦車特攻



ウォッカ でへべれけに酔っ払った軍人が、
戦車民家 に突っ込んだそうです。

皮肉にも、被害者も 元軍人

ロシア当局は「運転者は全くのしらふで軍事訓練に向かう予定だった」と
主張していますが、上のビデオを見れば一目瞭然ですよねぇ。。。

運転手(加害者)が立ち寄った売店の人は
「その人は来た時から酔っ払ってたよ」 と証言しており、
戦車にフラフラしながら乗り込む男性の手には、
店で購入したと思われる 酒ビン がはっきり映っています。
Edit  |  09:28  |  くろみゆ雑記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2011'06.20 (Mon)

基礎からわかる「逆転参院」

基礎からわかる「逆転参院」


 7月の参院選で民主党が圧勝した結果、衆院で与党、参院で野党がそれぞれ過半数を占める「与野党ねじれ」現象が起きた。法案や国会同意人事などの扱いはどうなるのか――。「逆転参院」の下での国会運営を解説するとともに、今後の国会を展望した。


Q 参院否決後の流れは


一般法案 衆院で再可決出来るが…


 憲法は、予算案の議決、条約の承認、首相指名について、衆院の優越を認めている。衆参両院が異なる議決をしても、最終的には衆院の判断が優先される。ただ、衆参の「ねじれ」を調整する手続きは必要だ。

 予算案については、衆院が可決して参院が否決すれば、衆参各10人で構成される両院協議会が必ず開かれる。両院協議会での調整が物別れに終われば、衆院の議決が「国会の議決」となる。また、参院が衆院通過後30日以内に議決をしない場合も、予算案は自然成立する。首相指名もほぼ同様で、両院協議会で意見が一致しない時や衆院指名後10日以内に参院が指名をしない場合、衆院が指名した人が首相になる。

 問題は、衆院の議決が優先されない一般の法案の扱いだ。一般の法案に関しても、衆院は参院より強い権限を持ち、参院で否決されても、衆院の3分の2以上の賛成で再可決すれば成立する。自民、公明両党は現在、衆院の3分の2を上回る337議席を占めており、野党が反対しても法案成立は可能だ。

 だが、与党が衆院で法案を再可決できるのは、参院で否決されることが前提だ。参院が法案を受け取ってから60日経過すれば、衆院は「否決されたとみなす」ことができるが、それまでは打つ手がない。野党が参院で採決を引き延ばす戦術を採った場合、60日たたないと再可決はできない。

 政府・与党内には、「何度も再可決を続ければ、『強硬与党』という印象を持たれる」との慎重論もある。衆院として両院協議会の開催を求めることができるが、「野党が反対する法案で一致点を見いだすことは難しい」のが実情だ。与党は法案を再可決に持ち込むか、廃案にするか、難しい判断を迫られることも予想される。



国会同意人事は参院拒否なら白紙



 さらに、与党が頭を悩ませそうなのは、国会同意人事や国会承認案件の行方。日銀総裁や会計検査院検査官などは法律で衆参両院の同意が必要と定められている。参院で同意が得られなければ、白紙に戻る。

 自衛隊法などに基づく自衛隊の防衛出動の承認、NHK予算の承認などの国会承認案件に関しては、衆参で異なる議決がなされると、承認が極めて難しくなる。国会法87条の規定により、先に審議した院が両院協議会開催を求めることはできる。だが、一般の法案と違い、協議が決裂すれば、もはや承認できない。

 防衛出動の場合、不承認になると、首相は自衛隊に直ちに撤収を命じることになる。ただ、敵の攻撃に対する反撃に野党が反対することは考えにくい。

 NHK予算が新年度までに承認されなかった時は、NHKは放送法に基づき、3か月間の暫定予算を組む必要がある。NHK改革をめぐっては、現在、受信料引き下げ問題が焦点になり、大幅引き下げを求める菅総務相と小幅を主張するNHKの意見が対立している。NHK予算には受信料設定も含まれており、今後、参院で主導権を握る民主党の対応がカギになりそうだ。

 政府・与党にとっては、問責決議案も難題となる。衆院だけに認められた内閣不信任決議案と違い、問責決議案は「衆院解散か内閣総辞職」といった拘束力はないが、責任が認められる意味は重い。野党が首相や閣僚の問責決議案を連発し、可決された場合、政権が苦境に陥る可能性もある。


カギ握る修正協議


 参院の与野党逆転で、国会運営は一変することが確実だ。先の通常国会では、教育改革関連法、公務員制度改革関連法といった与野党の「対決法案」が、野党が採決に反対する中、次々と可決、成立した。

 しかし、今後、政府・与党は一般の法案はすべて参院で否決されることを前提に、国会の会期、運営方法などを組み立てなければならない。8月末にも召集される次の臨時国会は、ねじれ国会を舞台に与野党が激しい攻防を展開することが予想される。

 最大の焦点となるのは、11月1日に期限を迎えるテロ対策特別措置法の延長問題だ。日本はインド洋に海上自衛隊の艦船を派遣し、アフガニスタンで対テロ作戦に従事する米英軍などに対し、燃料補給などを実施している。

 政府・与党は「日米同盟を堅持するために重要だ」として、次の臨時国会で延長の改正案を成立させたい考えだが、民主党は基本的に反対する姿勢を崩していない。

 民主党が「衆院が可決した法案を60日以内に議決しないときは、参院がその法案を否決したものと見なす」という憲法の規定を逆手にとって、参院で審議の引き延ばしを図れば、11月1日の期限切れまでに改正が間に合わないことも十分考えられる。その場合、自衛隊はいったん撤退を余儀なくされると見られる。

 継続審議になっている労働関連3法案、共謀罪を創設する組織犯罪処罰法改正案などの対決法案は、現在の法案のままでは軒並み参院で否決される公算が大きい。

 このため、対決法案をめぐっては、与野党の修正協議が重要になってくる。衆院や参院での審議中に修正するのか、参院否決後に両院協議会を経て修正するのか。あるいは、与党が野党との合意をあきらめ、衆院での再可決を目指すのか。与野党の駆け引きも複雑になりそうだ。


Q 過去に同じケースは


89年の場合


 89年参院選で、自民党は消費税、リクルート、牛肉・オレンジ自由化、それに宇野宗佑首相(当時)の女性スキャンダルという四つの逆風にさらされて惨敗し、与野党逆転を許した。

 宇野内閣の総辞職を受け、同年8月の臨時国会で行われた首相指名選挙では、衆院は海部俊樹・自民党総裁を指名したが、参院は土井たか子・社会党(当時)委員長を指名した。衆参両院の議決が異なったため両院協議会の協議にゆだねられたが、両院の意見は一致せず、衆院議決の優越を定めた憲法67条の規定により海部氏が首相に就任した。首相指名をめぐり両院協議会が設置されたのは、41年ぶりだった。

 90年2月に召集された特別国会では、衆院を通過した89年度補正予算案が参院で否決され、予算案をめぐっては戦後初めてとなる両院協議会が開かれた。やはり両院の一致は見られず、憲法の規定によって政府原案通り成立した。90年度予算も同様の経過をたどって、同年6月に成立した。

 こうした状況下で、自民党は当時の公明、民社両党と政策ごとに連携する「自公民路線」を取り、乗り切りを図った。主導したのは小沢一郎幹事長(現・民主党代表)だ。

 90年12月召集の通常国会では、湾岸戦争への対応をめぐり、多国籍軍に対する90億ドルの追加財政支援を盛り込んだ90年度第2次補正予算案が焦点になった。政府・自民党は90億ドルの財源として、91年度予算案の防衛関係費約1000億円を減額するなど、公明、民社両党の要求を受け入れ、補正予算は衆参両院で可決、成立した。

 自公民路線が結実したもう一つの例が、国連平和維持活動(PKO)協力法の成立だ。政府が90年10月に提出した国連平和協力法案は11月、衆院で廃案となったが、自公民3党は、自衛隊とは別個にPKOに協力する組織をつくることなど6項目で合意。PKO協力法は92年6月に成立した。



98年の場合


 橋本内閣の経済失政が争点となった98年7月の参院選で、自民党は44議席しか取れずに大敗し、「悲願の参院の過半数回復」どころか、大きく過半数を割り込んだ。敗北の責任をとって、橋本首相は辞任した。

 当時、日本経済は深刻な経済危機にあり、「日本発の金融危機」の可能性すら指摘されていた。同月、不良債権処理や経済再生など、重い課題を抱え、後に「金融国会」と呼ばれる臨時国会が召集された。

 首相指名選挙で、衆院は自民党の小渕恵三総裁を選んだが、参院は民主党の菅直人代表を指名。両院協議会でも結論は出ず、憲法の衆院優越規定により、小渕内閣がスタートした。

 政局安定のため、小渕内閣が選んだのが、法案ごとに修正などを他党と協議する「部分連合」だった。

 最初の関門は、金融機関の破たん後の処理が柱となった「金融再生関連法案」だった。法案の修正協議は、民主党、現在の公明党を中心とした平和・改革、社民党との間で進められた。

 自民党の交渉役として登場したのは、金融問題に通じて「政策新人類」と呼ばれた石原伸晃、塩崎恭久両氏らだった。

 法案の成立に手間取れば「金融恐慌」を招きかねないという切迫した状況の下、小渕首相や野中広務官房長官は自民党執行部を説き伏せ、野党の修正案をほぼ丸のみする前代未聞の決着となった。

 その後、自由党は野党共闘に見切りをつけ、98年11月に自民党との連立政権を目指す方針に転換した。

 99年1月、自自連立政権が発足。その後、自民党は公明党との関係強化も進め、同年10月には、自自公連立政権がスタートした。


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